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胚培養士になるには?主なお仕事とは?

体外受精・顕微授精など、高度な不妊治療で生まれてくる赤ちゃんは、いまや約20人に1人。結婚年齢の上昇に伴ってますますニーズの高まる不妊治療には、「不妊治療医」の他に、もうひとりのキーマンがいます。それが、卵子を育てるスペシャリスト「胚培養士(はいばいようし)」。英語では、「Embryologist(エンブリオロジスト)」と呼ばれる、不妊治療を陰で支える存在です。
今回は、高い技術力で受精率アップに取り組む「胚培養士」の仕事をご紹介します。

この記事の監修

武田信好(たけだ のぶよし)さん

臨床検査技師、細胞検査士、生殖補助医療胚培養士、臨床エンブリオロジスト。1986年、埼玉医科大学付属医学技術専門学校臨床検査科卒業。同年より『スズキ記念病院』に勤務し、体外受精の胚培養に携わる。1997年、ファティリティクリニック東京培養室長に就任。2012年、博士(農学)東北大学。日本の体外受精の黎明期から現在まで、胚培養に携わり、胚培養士の育成にあたる。

*2019年より株式会社IVFラボ代表取締役として、培養室運営のコンサルティング等を行っている。

胚培養士データ

不妊治療医とチームを組み、いのちの卵を育てる

不妊治療を支えている胚培養士、エンブリオロジストって? 初めて耳にする人もいるでしょう。いったいどんな仕事をしている人なの?

たとえば、体外受精の場合。女性の卵巣から卵子を取り出すのは、不妊治療医の仕事。その卵子を受け取り、シャーレの中で精子を振りかけるのは胚培養士の仕事です。「胚」というのは、受精卵のこと。胚培養士は、つまり受精卵を育てる人、なのです。

以前はこうした仕事も、不妊治療医が自ら行っていました。しかし今は、専門技術を持つ胚培養士とチームを組んで行うことがほとんどです。

胚培養士の主な仕事は…

胚培養士には、医師のような国家資格はありません。学会が認定する「生殖補助医療胚培養士」と「認定臨床エンブリオロジスト」の資格がありますが、仕事をするのに必ず必要というわけではありません。しかし、実際に卵子や精子、受精卵を扱うには、高度な技術と経験が必要です。

<胚培養士の主な仕事>

精液検査・人工授精

精液検査(精液の量、精子の数や運動率、直進運動性などを調べる)、パーコール法(密度勾配法)やスイムアップ法などによる精子の洗浄・処理など。

体外受精

精子の処理、培養液の中で卵子と精子を合わせる、受精の確認、受精卵の形態や分割速度を確認、受精卵の成長に応じて培養液を交換、インキュベーター(孵化器)の管理、受精卵の凍結・融解、患者への説明など。

顕微授精

顕微鏡を使って1個の精子を選び出す、卵子の中に精子を注入する(顕微授精)、受精卵の培養など。

クリーンベンチで、精子、卵子、受精卵を扱う。

0.1ミリの卵子に精子を注入する。精密な技術が必要。

クリーンな部屋で、精子、卵子、受精卵を扱う

胚培養士のメインの仕事は、ラボと呼ばれる培養室で行われています。ラボは可能な限り外界の影響を受けないクリーンな状態をキープしています。

胚培養士は、この部屋に入る前に白衣とマスクと帽子を着用。靴も履き替えます。そして部屋の前で強いエアーシャワーを体全体に浴び、ホコリや雑菌を払ってから入室します。

部屋の中には、種類の違う顕微鏡が数台、受精卵を育てる孵化器などが整然と並んでいます。また、手だけを扉から中に入れて内部で精子や受精卵を無菌に近い状態で扱うクリーンベンチと呼ばれる箱状の設備もあります。

精液検査、精子洗浄、元気のいい精子を選別する

胚培養士の仕事を具体的に見てみましょう。

人工授精は、精子の数が少ないとき、またタイミング法を行ってもなかなか妊娠しないときなどに精子を子宮に注入する治療法です。

ここで胚培養士が行うのは、まず精液検査です。専用の機器に精液を入れると、コンピューター画面に精子の動きが映しだされます。よく動き回っている精子、あまり動かない精子……いろいろですが、早いスピードで直進している、元気のいい精子がどのくらいいるか調べます。

そして、採取した精液を洗浄・処理。特殊な液を使って遠心分離器にかけ、元気のいい精子だけを集めます。こうして手をかけた精子が医師によって子宮に注入されるのです。

受精の環境を作り、受精卵を大事に育てる

体外受精になると、胚培養士はもっと積極的に卵子と精子の出会いの場を作り、受精に大きくかかわります。

胚培養士は、医師が採取した卵胞液から、顕微鏡を使って卵子を回収します。そして卵子に付いている血液などを取り除いた後、シャーレに移して培養を開始します。

インキュベーターと呼ばれる孵化器に卵子を入れ、数時間培養した後に精子をかけます。そして、自然に受精するのを待ちます。

次の日、受精しているかどうかを確認。以後1日1回、顕微鏡をのぞいて、ちゃんと細胞分裂し、順調に育っているかをチェック。受精卵の成長に応じて培養液を交換し、3~5日間ほど育てます。

インキュベーター(孵化器)は、培養液を人間の体液と同じpH(ペーハー)に保つように、特殊なガス(炭酸ガス5%、酸素5%、窒素90%)で満たされています。温度も37℃を保つように設定されています。この最適な状態が24時間きちんと保たれているか、管理するのも胚培養士の大事な仕事です。

昨年3.11の東日本大震災以降、武田さんは、災害時のリスク管理によりいっそう力を入れるようになりました。

「幸い、うちのクリニックは機械が壊れることもなく、被害はありませんでした。自家発電装置もありますし。ただ、あのあと被災地では精子や受精卵の凍結や保存に必要な液体窒素が不足していたということを知りました。ですから今は供給が一時的にストップしても、避難のための凍結保存と最低2週間程度は大丈夫な量をストックしています。ラボ(培養室)を守ることは、いのちの元である精子や卵子や受精卵を守ることですから」(武田さん)

0.1ミリに精子注入!高度な技術が顕微授精を支えている

顕微授精は、精子が極端に少ない男性不妊でも治療が可能な画期的不妊治療ですが、この成否はまさに胚培養士の腕にかかっています。

胚培養士は、顕微鏡を使い、できるだけ活発に動いている良好な形態の精子を1つ選んで極細のガラス針で吸い取り、それを卵子に刺して中(細胞質)に注入します。

卵子の直径は、わずか直径約0.1ミリ。特殊な偏光システムを備えた顕微鏡で観察すると、その細胞質中にうっすら陰(または光って)見えるのが紡錘体という大切な部分。そこを傷つけないように針を刺し、精子を注入するのです。高い技術と経験が求められます。

「心がけているのは慌てず焦らず、平常心でいること。1つの精子や卵子は“細胞”というよりも、“人間になる生命”と意識をしています」(武田さん)

こうした作業の中で、受精卵を取り違えるなどのミスを起こさないよう、必ず2人以上で作業を行い(ダブルチェック)、互いに声を出して確認するなど、マニュアルを作り、実行しています。

約30年前に生まれた新しい職業

日本で初めて体外受精に成功したのは、1983年。東北大学の鈴木雅州先生たちです。鈴木先生は、1986年に民間初の不妊専門クリニック『スズキ病院』(現・スズキ記念病院/宮城県)を開院しました。

武田さんは専門学校を出て、ここに臨床検査技師として着任。体外受精に関わることになりました。医師以外の人が受精卵(胚)を培養する「胚培養士」のパイオニアとなったのです。

「当時は何もかも手探りでした。胚培養も確立された方法はありません。オーストラリアから胚培養士を招いてトレーニングを受けました」(武田さん)

海外では、胚培養士は専門家としての地位が確立されています。しかし、日本では教育機関が限られ、国家資格もありません。多くの胚培養士は、臨床検査技師や大学の農学部で動物の生殖を学んだ人が、クリニックや病院の不妊治療の現場で、先輩に教わりながら技術を身に付けています。

「実際に顕微授精を行うには、現場で2~4年程度の経験が必要」(武田さん)。ベテランの武田さんは、クリニックで後輩を指導するとともに、2つの学会に所属して後進の育成にも力を入れています。

不妊治療を陰で支える、胚培養士の思い

体外受精の成績は近年、少し下がっているといいます。それは、晩婚化で受診する女性の年齢が上がっているから。妊娠しにくくなる大きな原因は、女性の加齢なのです。

「そうした中で治療成績を上げるのは、胚培養士の技術の向上と、ラボ(培養室)のクオリティにかかっている」と武田さん。

いかに受精率を上げ、良い状態の受精卵を得ることが出来るか、いかに妊娠率をあげるか、胚培養士は技術を磨き、研究を重ねています。まさにチーム医療の根幹を担う存在。患者と対面する機会は少なくても、「妊娠判定の日に患者さんの喜ぶ姿を見ると本当にうれしい」と妊娠を願う気持ちは他のスタッフと変わりません。

毎日、いのちの元に関わっている武田さんは、生命の不思議も見せ付けられるそうです。

「受精卵には、形態の善し悪しや分裂のスピードを考慮して“グレード”をつけます。グレードのよい受精卵を戻しても妊娠しないこともあれば、それほどよくないグレードなのに妊娠することもある。見た目にはわからない、それぞれの受精卵が持つ生命力を感じずにはいられません」(武田さん)

update : 2012.07.04

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