【妊娠中のタブーや戒め】その1
妊婦・出産にまつわるさまざまな言い伝えの中でも圧倒的に多いのが、「妊娠中は○○をしてはいけない」といった、妊婦へのタブーや戒めです。この種の言い伝えは、「○○すると、赤ちゃんが○○になる」というふうに、生まれてくる赤ちゃんの異常やトラブルと結びつけられていることが多いので、迷信とわかっていても気になるものです。今回も大鷹美子先生にお話をうかがいました。
この記事の監修
大鷹美子(おおたかよしこ)先生
東京生まれ。東京大学医学部保健学科卒業。東京大学医学部医学科卒業。日赤医療センター、NTT東日本関東病院などを経て、東京都保健医療公社豊島病院産婦人科部長。専門は周産期学。出生前診断のカウンセリングにも取り組む。『どうしたの?産後ママのからだ相談室』(赤ちゃんとママ社)、『高齢出産』(主婦の友社)など著書多数。一児の母。
※2020年現在、大久保病院(新宿区)副院長。
赤ちゃんの“あざ”にまつわる言い伝えは世界共通
まず目立ったのは、赤ちゃんのあざに関することです。
- 妊娠中に火事を見ると赤あざのある子が生まれる
- 葬式を見ると黒あざのある子が生まれる
- 転ぶと赤ちゃんにあざができる
これは、日本だけに限ったことではないようで、似たような言い伝えは海外にもあります。ロシアでは次のような言い伝えがあるそうです。
- 妊婦が火を見て驚くと赤い子が生まれる
- 妊娠中に心配ごとが多いと、生まれてきた赤ちゃんにほくろが多い
妊娠中に、このような「してはならないこと」があるのは、どんな文化にも共通するようですね。
「もちろん、どれも根拠のない迷信です。おそらく、赤あざは火の色から、黒あざはお葬式の黒のイメージから、連想されたものではないでしょうか」と大鷹美子先生。
近くで火事を見れば、だれでも恐怖を感じたり、ショックを受けたりするものです。火事には犠牲者も出るでしょうし、火の粉が飛んできたり、類焼の危険も伴います。精神衛生上、好ましくないのはあきらかです。
日本最古の医書、『医心方(いしんほう)』には、妊婦の心理状態が胎児に影響をおよぼすとして、妊娠中は驚きや悲しみや疲れや憂い、その他さまざまな刺激を避けて、心を平穏に保つようにと説いています。
でも、だからといって、たまたま見た火事があざの原因になるはずがありません。あざにたとえることで、「危険な場所に近寄らないように」「心を騒がせるような場所に行かないように」といった警告が込められているのでしょう。
「転ぶと赤ちゃんにあざができる」というのは、一見もっともらしく聞こえますが、よく考えてみれば、それはありえないこと。 「交通事故など、母さんが重症を負って赤ちゃんも傷ついてしまうことはあるでしょうが、胎児は羊水や羊膜などに何重にも保護されています。お母さんがおなかをぶつけたとしても、赤ちゃんの体が直接どこかにぶつかるわけではありません。もちろん、そんなことで、あざにはなりません」(大鷹先生)。
あざはレーザー治療でかなり薄くなる
大鷹先生の経験では、生まれたばかりの赤ちゃんに、とても目立つあざがあるというケースは、それほど多くないそうです。しかし、もしそうだったら、命にかかわることではないにしても、お母さんとしてはとても気になることでしょう。
あざには、赤、青、茶、黒などがあり、形もさまざまです。赤あざは血管腫といって、毛細血管が異常に発達してできるもので、平らなものと、盛り上がったものがあります。それ以外の青、茶、黒色のあざは、皮膚のメラニン色素によってできます。
茶色のあざの中には、難病に指定されているレックリングハウゼン病という病気もあります。その場合は、生まれたときからカフェオレ・スポットと呼ばれる茶色いシミのようなあざが、赤ちゃんの体じゅうに見られます。この茶色のあざは、やがて神経線維腫という腫瘍になります。ただし、レックリングハウゼン病は命に関わるものではありませんし、また非常にまれな病気です。
レックリングハウゼン病の場合は遺伝も関わっていますが、そもそもなぜ赤ちゃんにあざができるのか、原因はよくわかっていません。ですから「妊娠中に○○したのがいけなかった」というのは、ナンセンス。お母さんの責任ではないのです。
赤ちゃんに目立つあざがあると、将来のことを考えて、両親が早めに治療を希望することが多いようです。「ひどいあざは、体の別の場所から皮膚の一部をとってきて移植する方法もあります。でも、今は、たいていのあざは手術しなくてもレーザー治療でかなり薄くなります。子どものうちにちゃんと治療できますよ」と大鷹先生。
余談ですが、黄色人種の赤ちゃんは、みんな生まれたときにお尻に青紫色の蒙古斑(もうこはん)があります。色の濃いもの、薄いものと赤ちゃんによって個人差はありますが、これはあざではありません。数ヶ月のうちに自然に消えていきます。
口唇・口蓋裂に関する迷信も多い
赤ちゃんのトラブルと結びつけられたタブーや戒めは、ほかにもまだあります。
- 妊婦が兎の肉を食べると兎唇(としん)の子どもが生まれる
- 妊婦が土瓶に口をつけて水を飲むと兎唇の子が生まれる
- 竈(かまど)の上に包丁を置くと口の切れた子が生まれる
などというものです。これもまた、似たような言い伝えが外国にもあります。「月食を見ると奇形や死産になる」、「げっ歯類を見ると生まれてきた赤ちゃんが口唇(こうしん)・口蓋裂(こうがいれつ)になる」などというものです。昔の人はどうやら兎の口の形から口唇・口蓋裂を連想したようです。
ただ、兎の肉も竈も、今の妊婦にはほとんど縁がなく、さすがにこのような迷信を真に受ける人はいないでしょう。ただし、赤ちゃんの口唇裂や口蓋裂を心配する気持ちは、今のお母さんも同じです。
うまくくっつかなくて起きるのが、口唇・口蓋裂
口唇・口蓋裂の赤ちゃんが生まれる確率は数百人に1人くらいの割合ですから、それほど珍しいことではありません。しかし、お父さんやお母さんの驚きとショックは大きいものです。
「『なぜ裂けたのですか?』と、みなさんに聞かれますが、口唇・口蓋裂は、唇が裂けたのではなく、ちょっとくっつきそこねた結果なんです。発生学的に言うと、最後のちょっとした仕上げがちょっとうまくいかなかったんですね。そう説明すると、ご両親も『それほど大変なことではないんですね』と納得してくれるようです」(大鷹先生)
私たちの体は、最初から筒状に作られるわけではありません。細胞が分化して、外胚葉(脳、脊髄、目、耳、鼻、皮膚など)、中胚葉(心臓、血管など)、内胚葉(内臓)が左右それぞれに形作られていきます。そして、ある段階で、その右の部分と左の部分がくっつくのです。これはヒトだけでなく、生き物すべてに共通していること。そのとき、真ん中でくっつくときに必要な酵素がうまく働かないなど、何らかの理由で癒合がうまくいかないと口唇裂や口蓋裂になるのです。25週を過ぎれば、超音波診断のときにたまたま口唇・口蓋裂が見つかって告知されることもあります。
両親にしてみれば気が動転するのも無理はないでしょう。しかし、なすすべもなかった昔にくらべると、今は小児形成外科の技術も格段に進歩しています。乳幼児期のころに数回の手術をすれば、口唇・口蓋裂はほとんどあとが残らないまでに治すことができます。
トラブルの説明のために迷信が生まれた
生まれてきた赤ちゃんに何かトラブルがあったとき、両親や周りの人がまず思うのは、「なぜこんなことになったの?」ということでしょう。医学が発達していない昔はなおさらです。何しろ源氏物語の時代は、病気はすべて物の怪(もののけ)のせいにされていたのですから。
「人間は、何か異常が起きたとき、それに対する理由がほしいのです。今は医学が進んだので、赤ちゃんの異常も、多くは原因が解明されて説明ができます。たとえば、ダウン症は染色体の数の違いだし、口唇・口蓋裂は発生学的にくっつくのがうまくいかなかったという具合に。でも、昔はそんなことはわかりませんから、あざのある子が生まれると、『そういえば、あの人は子どもがおなかにいるときに火事を見た』というふうに、何か理由をこじつけて納得しようとしたのではないでしょうか」と大鷹先生はいいます。
それにしても、昔の妊婦は、「あれをしてはいけない」「これもダメ」と迷信にがんじがらめにされていたのでしょう。おまけに、生まれてきた赤ちゃんに何か異常があると、「あのときああしたのがいけなかった」と、みんなお母さんのせいにされてしまうのですから。それを思うと、医学の進んだ現代の妊婦は幸せですね。
update : 2011.02.02
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