前置胎盤について
おなかの赤ちゃんとママとを結ぶ命の絆、胎盤。子宮の上の方の正常な位置にあればいいのですが、下の方にできて赤ちゃんの出口を塞いでしまう「前置胎盤(ぜんちたいばん)」になると、妊娠中やお産のときに大量出血のリスクが。場合によっては、妊娠中はできるだけ安静に過ごすように指示されることもあります。
ここでは、前置胎盤を乗り越えた先輩ママの体験談とともに、ドクターに聞いた前置胎盤のリスク因子や対処法をご紹介します。
取材協力・監修
大井理恵(おおいりえ)先生
平成12年、東京医科歯科大学卒業。旭中央病院産婦人科、国立成育医療研究センター、都立大塚病院等を経て、東京医科歯科大学特任助教(*2020年現在は、伊藤メディカルクリニック(大田区蒲田)に勤務)。「合併症など困難があって出産する方も、スムーズにお産できる方も、どんなお産でも、赤ちゃんが元気に生まれてきてくれたら、それがいちばんうれしい」と大井先生。これまで取り上げた赤ちゃんは約2000人にのぼる。胎児の超音波診断を得意とする。
前置胎盤体験談 「わたしの場合」1
広島県に住むNさんは、28歳で初めて妊娠したとき、「胎盤が少し下のほうにある」と告げられました。妊娠6ヶ月のときでした。医師は、「お腹が大きくなるにつれて胎盤の位置が上がることもあるので、今のところはまだ何とも言えない」と――。
「自覚症状とかはなかったけれど、医師の話を聞くうちに怖くなってきました。あとで自分でも調べようと思って、先生がパソコンに入力していた“辺縁(へんえん)前置胎盤”という文字を必死で覚えました」(Nさん)
胎盤の下の端が、子宮の出口(内子宮口)の端にかかっている、辺縁前置胎盤。出産時に大量出血しやすいからと、それに備えて鉄剤を処方されたそうです。
出血したのは、妊娠33週のとき。急いで受診すると、すぐに入院を指示されました。
「入院中は、おなかの張り止めの点滴をして、立ったり歩いたりは禁止。ベッドを離れるのはトイレに行くときと、3日に1度のシャワーのときだけでした。お腹の子が小さめだったのと、37週よりも早く子どもを出すと言われたことで、心配しながら毎日を過ごしていました」
お産のときの出血で、輸血が必要になった場合を想定して、自分の血液をとって貯めておきました。
そして、妊娠36週のとき、帝王切開で出産。
「やはり輸血が必要なほどの出血があって、自己血を戻しました。お産まで本当に怖くて、心配で・・・。でも、とにかく子どもが無事に生まれてきてくれたので、ホッとしました」
前置胎盤体験談 「わたしの場合」2
神奈川県に住むOさんが前置胎盤と告げられたのは、妊娠8ヶ月のとき。
「朝、トイレに行ったら、突然、出血があって、塊のようなものまで出てきたので、焦って病院へ行ったのです。そこで前置胎盤だと言われ、びっくりしました」(Oさん)
そういえば、妊娠6ヶ月の健診で、医師から「胎盤の位置が下のほうにある」と言われていたのでした。でも、特に気になる症状もなく、そんなにたいへんなことだとは思っていなかったのだそうです。
「出血して前置胎盤だとわかって必死で調べていくうちに、想像以上にたいへんだということがわかって、怖くなりました。お腹の子は双子だったので、それが影響したのかな、と思います」
入院して、おなかの張りを抑える点滴を続けて、このときは2週間で退院することができました。しかしその後も何度も出血し、入退院を繰り返しました。
「大量出血をしたら危ないと知って、不安を抱えながらの毎日でした。自宅にいても、トイレと食事のとき以外は極力動かず、とにかく安静にしていました」
万一に備えて、携帯電話に病院の分娩室の電話番号を登録。救急車を呼ぶときはどういう手順でどうするか……とシミュレーションもしていたといいます。
「救急車は呼ばずにすみましたが、大学病院で帝王切開しました。今思い返しても、出産まで本当に不安で怖くて、つらい日々でした。けれど、周りの人たちに支えられて無事に出産でき、ありがたさを感じています」
妊娠中に突然、 出血することがある。
予測できないところが怖い
「前置胎盤になると、痛みなどもなしに、突発的に出血することがあるのです。ポタッと少量のこともあれば、大量のこともある。どういうときに、どういう人が出血しやすいのか、予測がつきにくい。そこが怖いところなのです」と、産婦人科医の大井理恵先生。
胎盤は、子宮の上のほうにできるのが正常。ところが、子宮の出口(内子宮口)にかかるようにできてしまうことがある。これが前置胎盤です。全分娩の0.26~ 0.57%に起こります。
「胎盤が本来の位置と違うので、おなかが張って子宮の内圧が上がると、子宮と胎盤の接着面がずれやすく、そこから母体の血が出るのです」
お産のときにも 大量出血の危険。
帝王切開になることが多い
前置胎盤は、お産のときにも大量出血の危険があります。胎盤が正常な位置(子宮体部)にあれば、そこにはしっかりとした筋肉があるので、血管が多少破れても筋肉が出血を抑える働きをします。ところが子宮の下の方(子宮峡部/しきゅうきょうぶ)は、筋肉組織が薄く、収縮する力が弱いので、止血する力も弱いのです。
また、子宮峡部は脱落膜(だつらくまく/生理やお産のときにはがれ落ちる内膜)が薄いので、胎盤の絨毛組織が根を張るときに、子宮の筋肉の層にまで深く侵入しやすくなり、血管を傷つけやすいのです(癒着胎盤)。そうなると、お産のときに胎盤がはがれにくく、ようやくはがれても血管が破れて大量出血の原因になるのです。
「前置胎盤の場合は、基本的には帝王切開になります。大出血や緊急手術に備えて、妊娠34週頃に入院をしていただくことが多いです」(大井先生)
前置胎盤は、 治ることがある? 正確な診断は31週以降
前置胎盤は、医師から「前置胎盤ぎみ」「まだわからないので、もう少し様子を見ましょう」と言われることがあります。日本産科婦人科学会では、「妊娠31週6日目までに胎盤が子宮口を覆っていたら、前置胎盤と考える」としています。
「子宮がだんだん膨らんで大きくなるにつれて、子宮の下の子宮峡部(きょうぶ)と呼ばれる部分も伸びてくるので、それにつられて胎盤も上の方にあがって、内子宮口から離れていくことがあります。ですからあまり早い段階では、診断ができません。しかし中には、14、15週でも、胎盤の位置は今後も変わらないだろうと判断できるものもあります」(大井先生)
前置胎盤で、 おなかの張りや出血が
あったら、即、病院へ!
「前置胎盤」と診断されても、「おなかの張りや出血などの症状が特になければ、ふだん通りの生活を送っていい」と、大井先生。
ただし、「おなかが張る」「性器から出血した」となると話は別。
「前置胎盤とか、胎盤が下のほうにあると言われたら、たとえ少しの出血でも病院に行ってください。そして、安静と指示されたら、従ってください。早産にならないように、母子の安全のためにできるだけのことをして欲しいのです」
おなかの張りを抑える薬が処方されることもあります。
「薬を飲んでいるから、ふだんと同じように過ごしてだいじょうぶ、なんてことはありません。症状があるから薬を処方しているのです。できるだけ安静にして、おなかの張りや出血があったときには、すぐに病院へ行ってください!」
リスクになるのは、 出産、流産、中絶、
帝王切開、双子、タバコ!
「前置胎盤は、子宮の内膜が傷ついていたり、炎症を起こしていたりするとなりやすい」と、大井先生。
受精卵は、子宮内膜の傷ついた場所に落ちて、そこで着床しやすいからです。内膜の傷は、出産や流産、中絶、帝王切開、子宮筋腫などで、できやすくなります。
妊娠・出産そのものが前置胎盤のリスクなのです。ですから、初めての出産よりも、何度も出産している経産婦の方が、前置胎盤になるリスクは高くなります。妊娠のたびに胎盤が作られ、出産ではがれ落ちる、を繰り返しているので、そのぶん、子宮内膜も傷つきやすい、というわけです。
同じような理由で流産や中絶もリスクを高めます。また、帝王切開も子宮にメスが入るのでリスクが上がります。
双子や三つ子など多胎も、狭い子宮に複数の胎盤ができるので、胎盤全体の面積が広くなり、子宮の下の方にまで広がりやすいのです。
「そして、もうひとつの大きなリスクが、喫煙。タバコです!」
ニコチンは、末梢血管を収縮させて血流を悪くします。子宮の血流も低下するので、子宮内膜のダメージにつながるのです。
タバコを吸う人は、早産になりやすい、胎児発育が悪くなりやすい、とよく言われますが、前置胎盤のリスクも高めるのです。
前置胎盤になりやすい人は こんな人
- タバコを吸っている
- 妊娠・出産経験がある
- 高齢である
- 帝王切開で出産した
- 子宮筋腫がある
- 子宮筋腫の手術をした
- 流産の経験がある
- 中絶の経験がある
- 多胎妊娠である
- 胎盤に異常がある
妊婦健診は欠かさずに。
内診台での診察も ちゃんと受けよう!
前置胎盤の診断には、超音波検査が欠かせません。
「ときどき、経腟超音波での診察をいやがる人がいるのですが、胎盤と内子宮口との位置関係や、子宮口付近に出血の徴候があるかどうかは、おなかの上からの経腹超音波だけでは十分にわかりません。安全なお産のためにも、必要なときには経腟超音波を受けてください」(大井先生)
輸血への備え、 風船を使う 最新の止血法とは?
前置胎盤と診断されたら、分娩はほとんどが帝王切開。前置胎盤とまではならない低置胎盤などで、経腟分娩が可能と判断されていても、出血が多くなったら帝王切開に切り替えます。胎盤がはがれたあとの出血を、どう止めるかが非常に難しいので、おなかの中がよく見える開腹手術のほうが、安全性が高いのです。
大量出血に備えて、手術の1ヶ月前くらいから、自分の血液(自己血)をとって貯めておくこともあります。しかし貧血で自己血がとれない、間に合わない、というときは、他人の血液を使うことになります。
前置胎盤の大出血を食い止めようと、新たな手術法も開発されています。
たとえば、下半身の血行を遮断するIABOという方法。あらかじめ下行大動脈の中にバルーン(風船)を入れ、手術中にそのバルーンをふくらませて下半身の血行を一時的に遮断。出血が少なくなるので、落ち着いて止血や縫合の手術を行うことができるのです。ただ、放射線科や血管外科、循環器科などの連携が必要で時間もかかるため、まだ一部の大学病院などでしか行われていません。
子宮の中に専用のバルーンを入れて水でふくらませて、傷口を圧迫して止血しようという方法が行われることもあります。手術法、縫合方法なども進化しているのです。
「私たちは、もしもに備えていろいろシミュレーションしながら、大事にいたらないよう、手を尽くしています。それでも、胎盤のはがれ具合や出血の状況によっては、母体の命を救うために子宮摘出せざるを得ないこともあります。もし、前置胎盤と診断されたら、よく話を聞いて、けっして無理せず、ふだんから自分の体の声に耳を傾けてください。そして、少しでも異常を感じたら、病院に行ってください」(大井先生)
- ※前置胎盤体験談「わたしの場合」は、『ベビータウン』アンケートにご協力いただいた方の体験です。ほかにもたくさんの方にご協力いただきました。ありがとうございました。
取材協力・監修/ 大井理恵(おおいりえ)先生
update : 2014.08.06
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