常位胎盤早期剥離とは?症状や兆候・原因は?
もしも、妊娠中に胎盤が剥がれてしまったら、赤ちゃんだけでなくママの命にもかかわります。日本は世界に誇る安産大国ですが、こうしたリスクがなくなったわけではありません。昔も今も、「お産は命がけ」なのです。
妊娠後期に突然胎盤が剥がれてしまう「常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり)」。いったいどんな病気なのでしょうか?
ここでは、常位胎盤早期剥離を乗り越えたママの体験談とともに、ドクターに聞いた常位胎盤早期剥離のメカニズムやリスク因子をご紹介します。
取材協力・監修
久保隆彦(くぼたかひこ)先生
国立成育医療研究センター産科医長。医学博士。岡山大学医学部卒業後、聖隷浜松病院NICU、高知医科大学助教授、国立大蔵病院産科医長を経て、現職。専門は、周産期医学、胎児・新生児学、周産期ME。ハイリスク妊婦・胎児の管理、母子感染予防、メンタルヘルスにも取り組む。妊娠中のリスクを自己診断する「妊娠リスクスコア」も開発。熱血、人情あふれる医師。
(*2020年現在は、シロタ産婦人科名誉院長)
常位胎盤早期剥離体験談「わたしの場合」その1
東京都に住むNさんは、38歳で初めての出産。予定日までとくに大きなトラブルもなく、自然に陣痛もきて分娩室に入りました。
「高齢出産だけど順調。案外、楽勝だわ、と心の中で思っていたとき、突然、医師から、『早剥(そうはく/常位胎盤早期剥離)で、赤ちゃんの心音が弱くなっています。一刻を争う状態ですので帝王切開します』と言われました。初めて聞く病名ですし、何が何だかわからず、頭がボーっとしてきて、まるで救急医療のドラマみたい……と天井を見つめていたことを覚えています」(Nさん)
早急な対処により、赤ちゃんは無事でした。しかし、Nさんは出血量が多かったために貧血がひどく、炎症や発熱も続いたので、そのまま2週間入院することになりました。
「退院後、1ヶ月くらいで回復しましたが、後から赤ちゃんも母体も危険な場合があると知り、ゾクっとしました。本当に私たちは不幸中の幸いだったのです」(Nさん)
常位胎盤早期剥離体験談「わたしの場合」その2
埼玉県に住むBさんは、1人目の妊娠35週のときに、お腹の軽い張りと出血に気づきました。
「かかりつけの産科にいくと、胎盤が剥がれかかっているので、いますぐ赤ちゃんを取り出したほうがいいと言われました。私は、この病気のことはまったく知らなかったので、言っている意味がわからず、頭が真っ白になりました」(Bさん)
緊急の帝王切開になり、手術のことはあまり覚えていないそうです。幸い、早期発見だったので、Bさんも赤ちゃんも無事でした。
「赤ちゃんは3日ほど保育器に入っていたので、心配で仕方ありませんでした。また出産後は、もしかしたら自然分娩ができたのではないかと悔やみましたが、後からこの病気のことを知り、帝王切開が最良の選択だったと思いました。早期発見してくれたドクターに心から感謝しています」(Bさん)
胎盤が剥がれて、赤ちゃんが酸素不足になってしまう!
順調に妊娠後期を迎えていたのに、突然、予想外の緊急帝王切開になった二人のママの体験談。緊迫した様子が伝わってきます。この「常位胎盤早期剥離」というのは、いったいどういう病気なのでしょう。国立成育医療研究センター産科医長の久保隆彦先生に聞きました。
「“常位”というのは、胎盤が子宮の正常な位置についているという意味で、胎盤が子宮の出口にかかっていてトラブルを起こしやすい前置胎盤などではないということです。普通のお産では赤ちゃんが娩出した後に胎盤が剥がれますが、ある日突然、胎盤が剥がれてしまう病気なのです」
ふつう胎盤は後産といって、赤ちゃんが生まれたあと剥がれ落ちて出てくるもの。子宮にいた赤ちゃんに酸素や栄養を送る役目を終えたからです。それが、まだ赤ちゃんが子宮内にいるのに剥がれてしまうということは、赤ちゃんに酸素も栄養もいかなくなるということ。
「酸素不足は、即深刻な事態を招きます。脳性麻痺などの原因にもなります。日本の脳性小児麻痺となった赤ちゃんの半分はこの常位胎盤早期剥離が原因です。ですから、一刻も早く赤ちゃんを救い出さなければいけないのです」
子宮口が十分開いていれば経腟分娩もありえますが、緊急帝王切開になることが多いと言います。とにかく、そのときできる一番早い方法で、赤ちゃんを取り出して、肺呼吸ができるようにしてあげないといけないのです。
ママにも緊急事態発生! 出血が止まらない!
赤ちゃんの救命が急がれる一方で、ママのほうにも緊急事態が起きています。胎盤が剥がれたあとの子宮の壁から、出血が起こるのです。それも大量に――。
「通常のお産で、赤ちゃんが生まれたあとに胎盤が剥がれると、子宮が収縮するので、出血は自然に止まるのです。ところが、この場合は子宮が広がったままなので、胎盤が剥がれた部分から出血します。さらにその出血を止めようと体の中の血液を固める成分が使われるために全身の出血となります」(久保先生)
大量出血の結果、急性の貧血でショック状態になったり、全身の臓器にトラブルが及ぶ「産科DIC」と言われる危険な状態に陥りやすいのです。出血しているところを物理的に手で圧迫したり、子宮収縮剤を用いたり、ありとあらゆる方法で止血し、必要な場合は輸血もします。それでも止まらない、という場合は、子宮摘出することも。
「胎盤が剥がれると、赤ちゃんの命は1時間、お母さんは3時間以内に対応しなければ厳しい状況となります」
胎盤と子宮の間に血が溜まり、胎盤が剥がれてしまう
それにしてもいったいなぜ、妊娠の途中で胎盤が剥がれてしまうのでしょう?
「原因はまだわかっていません。でも、胎盤が剥がれるメカニズムはわかっています」と久保先生。
なんらかの理由で血行不良が起こり、子宮と胎盤の接着面(脱落膜)の組織が壊れ、出血が始まります。すると子宮と胎盤との間に、血が溜まってしまい(血腫)、胎盤が剥がれてしまう。するとさらに出血して、血が溜まり、胎盤が剥がれ……と、その面積がどんどん広がっていくのです。
リスクの高い人がいる。
でも、健康な妊婦にも起こることがある
知れば知るほど、怖い常位胎盤早期剥離。なりやすい人はいるのでしょうか。
「妊娠高血圧症候群の人など、リスクが高い人はいます」と久保先生。
妊娠高血圧症候群の人は3.5倍、妊娠前から高血圧だった人は2.7倍、子宮内感染(絨毛膜羊膜炎)を起こした人や切迫早産の人は1.7倍、タバコを吸う人は1.5倍。
このほか、胎児奇形、子宮筋腫、急激な子宮内圧の減少、交通事故や転ぶなどしてお腹を打った人も、リスクが高くなるそうです。
「ただし、こうしたリスクがまったくない人にも、起こることがあります。妊娠後期まで順調な経過だったのに、ある日突然、発症することがあるのです。その予測はとても難しく、予防法もありません」
常位胎盤早期剥離 こんな人は要注意!
- 妊娠高血圧症候群
- 高血圧
- 子宮内感染(絨毛膜羊膜炎)
- 喫煙
- 胎児奇形
- 子宮筋腫
- 急激な子宮内圧減少
- 交通事故、転倒などでお腹を強く打った
妊娠30週過ぎたら、下腹部痛、胎動減少、出血に注意
予測もできない、予防法もない、となると、私たちにはどうすることもできないのでしょうか。
「この病気になると、急にお腹が痛くなったり、いつもと違うかたいお腹の張りがあったりします。出血や胎動が減るなどの症状も。もしかして、と思ったら、すぐに病院に連絡するなり、救急車を呼んでください」と久保先生。
剥離が起こっているかどうかは、超音波検査をすれば、胎盤の接着面に血腫の影が写るので、わかります。また赤ちゃんの元気度も、胎児の心拍をモニタリングすれば、わかります。
「常位胎盤早期剥離は、妊娠32週から起きやすくなり、36週前後がピーク。ですから、妊娠高血圧症候群などリスクのある人はとくに気をつけなければいけません。でも、それまで順調だったという人も、妊娠30週を過ぎたあたりから、こうした病気があるということを知って、体調の変化に注意して欲しいと思います」
- *常位胎盤早期剥離体験談「わたしの場合」は、『ベビータウン』アンケートにご協力いただいた方の体験です。ほかにもたくさんの方々にご協力いただきました。ありがとうございました。
取材協力・監修/久保隆彦(くぼたかひこ)先生
update : 2014.10.01
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